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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)6061号 判決 1958年12月24日

東武信用金庫

事実

原告東武信用金庫は請求の原因として、被告岩田貿易株式会社は昭和三十二年七月八日原告に宛て金額七十六万円及び四十五万円の一般線引小切手二通を振り出し交付したので、原告は右小切手の所持人として昭和三十二年七月十日これらを交換に付し、支払人に対して支払を求めたが、振出人より右小切手が詐取された旨届出があるとの理由で支払を拒絶された。よつて原告は被告に対し右小切手金合計百二十一万円及びこれに対する支払済までの年六分の利率による法定遅延損害金の支払を求めると主張し、原告がはじめに「被告は本件各小切手を訴外白江商店に対し振り出し交付した」との被告の主張事実を認めたことにつき、これは真実に反し、且つ錯誤に基くものであるとして撤回した。

被告岩田貿易株式会社は抗弁として、本件各小切手は被告が訴外株式会社白江商店に宛てて振り出し交付したもので、右白江商店振出の満期日昭和三十二年七月七日の約束手形の支払資金の一部として白江商店の原告に対する当座預金口座に白江商店から振り込まれたものであるから、その性質上取立委任のための預託であり、仮りにそうでないとしても隠れた取立委任の譲渡である。

しかも本件各小切手は、白江商店はその振り出した満期日昭和三十二年七月七日及び同二十二日の約束手形を支払うため、被告に対し、自己の支払うべき約束手形が右満期日のもの以外にはなく、右手形が支払われるならば白江商店の経営上の危機は回避され、立ち直ることができるからと述べて被告に右手形の支払資金の融通を求めたので、被告は白江商店の右言を信じて同会社のために本件各小切手を手形の支払資金として融通のため振り出したのであるが、実際には右の白江商店の言に反し、同会社は前記約束手形の他にその他の期日を満期日とする合計金二百六十万九千七百六十円の約束手形を振り出しており、その支払をしなければならぬ状態にあつたのであつて、被告はもしこのような白江商店の事情を知つていたならば本件各小切手を振り出さなかつたものであるにもかかわらず、右白江商店に欺されて本件各小切手を振り出したのである。従つて右事情は、被告において白江商店に対し人的抗弁として対抗し得られ、本件各小切手の取立委任を受けた原告にもそのことを対抗して支払を拒み得るものであると主張し、原告の自白の撤回に対して異議を述べた。

理由

証拠を綜合すれば、本件各小切手が振り出され、原告が受領するまでの事情として次の事実が認められる。すなわち、訴外株式会社白江商店はその材料の購入資金を借り入れるため振り出した多数の約束手形のうち、その満期日が昭和三十二年七月七日の分合計金額二百八十八万六千八百六十八円、同二十二日の分二百三万三千五百四十二円の手形の支払資金の融通を昭和三十二年七月上旬頃その取引先である被告に求めたこと、その際白江商店はその支払うべき約束手形が前記満期日の分のみであり、これを支払えば同会社の経営上の窮況を脱することができると述べ、被告はその言を信じ満期日が昭和三十二年七月七日の前記約束手形三十数通の手形金一部の支払資金として白江商店からの仕入品に対する前渡金の名目で金額各五十万円の約束手形四通計二百万円を白江商店に対し振り出し交付し、同会社はそのうちの三通を他から割り引いて現金化したが、他の一通は割引料が余りに高率なので手控えたこと、同年七月七日に至つて当日満期の前記約束手形は何れもその支払場所が原告金庫向島支店となつていたが、その支払資金は白江商店において用意した右割引金と右支店の白江商店当座預金残高とでは不足していたところ、すでに約束手形支払のための資金を受け入れる時間が経過していたにもかかわらず、白江商店では容易にその不足金額を埋めることができず、被告会社に懇請して漸く被告振出の小切手でこれを埋めることについて原告の了解を得、前記三通の手形割引金及び被告振出の本件各小切手のうち金額七十六万円のものを以てとりあえず補い、なお四十五万円の不足額があつたが、これも原告了解の上翌八日に前記被告振出の金額四十五万円の小切手を原告に差し入れることとして同月七日満期の前記白江商店振出の約束手形金を原告において支払い、次いで約旨のとおり翌八日午前被告から振り出された本件小切手金額四十五万円のものが原告に交付されたこと、被告と原告とは取引関係がなく、白江商店と原告との間に当座預金契約があつたのみ(当座貸越契約はなかつた)であつたところ、以上の本件各小切手振出事情からして被告は多少の不安を感じるとともに、又、原告とも本件各小切手の件につき話し合う必要があつたので、被告の従業員吉沢正己に本件各小切手のうち金額七十六万円のものを持たせて白江商店の店員島田とともに原告方に赴き右小切手を原告に手渡させたが、他の金額四十五万円の小切手は翌八日被告から右島田がこれを受け取つて単独で原告方に持参していること、原告は本件小切手の裏面に事務処理の便宜から「株、白江商店」と記入し、本件各小切手を白江商店から受領したことにしてあること、の各事実が認められるのである。このような流通事情にある本件各小切手について、その裏面の「株、白江商店」という記入は白江商店のした裏書としての体裁をもつていないことを考え合わせても、これらが直接原被告間に授受されたとの事実を積極的に認定するには足りないから、原告がした被告の主張する「被告は本件各小切手を白江商店に対し振り出し交付した」との事実についての自白の撤回は認められず、従つて、原告は被告振出の本件各小切手を白江商店から交付されたことになる。

そこで原告の本件小切手受領の意味について判断すると、原告の向島支店が受領した本件各小切手は株式会社三和銀行浅草支店を支払人とするものであるから、原告のような金融機関がこの種の小切手をこれを交付した者の当座預金に組み入れ通常の預入として受け取つたのであれば、一応帳簿上は預金となつてもその後右小切手が交換に付されその支払がなされたときに始めて小切手交付者の預金としての効果を確定的に生じるものとされ、ここに小切手の取立委任的預託又は隠れた取立委任的譲渡としての性質を問題にする余地のあることは被告主張のとおりであるが、本件において原告による本件小切手の受領が帳簿上どのような取扱を受けたかを明らかにするには証拠が不十分であるけれども、それがどのようなものであるとしても前記認定事実から明らかなとおり、本件各小切手は実質的には白江商店の振り出した約束手形の支払資金の不足を補いその支払に充てることのみを目的として、被告から白江商店を経て原告に交付されたものであり、その移転形式は如何様であるとしても、とにかく被告が主張するように、単なる預金としての目的でのみ白江商店と原告との間に本件各小切手の授受が行われ、その結果右小切手の実質的権利はいまだに白江商店にありとする、すなわち、白江商店はいつでも原告が取り立てた本件各小切手金の返還を取立委任者として請求できる、とし得るような事情には全くなく、又本件各小切手を特に原告に取立委任の意思をもつて交付したとすることができる証拠もないから、本件各小切手上の一切の権利は小切手の譲渡によつて白江商店から原告に移転したものといわなければならない。

しかして、被告が主張するような本件各小切手の振出について被告と白江店との間に存した事情を原告が本件各小切手を譲り受けた際に知つていたとすることのできる証拠はないから、原告が右事情を知つていたことを理由とする被告の抗弁も採用できない。

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